町の紹介

町の地勢と気候

下郷町は、福島県会津地方の南部に位置し、東は天栄村及び西郷村、西は昭和村及び南会津町、南は栃木県那須塩原市、北は会津若松市及び会津美里町とそれぞれ境界を接しています。周囲は那須山系などの山々に囲まれ、町のほぼ中央を南西から北東に阿賀川(大川)が貫流し、国指定天然記念物「塔のへつり」に代表される雄大な渓谷が形成されています。面積の約87%は森林に覆われる緑豊かな町です。

本町の気候は、日本海側の影響を強く受け、夏は高温多湿で朝晩は涼しく、冬は降雪量が多い積雪寒冷地帯となっています。

町の立体的な地図は下記ファイルからご覧になれます。

町章、町の花・木・鳥

町章(昭和55年4月29日制定)

下郷町の「しも」の字を図案化したもので、町民の融和と団結を表し、町勢の着実な前進を象徴したものです。

町の花「フジ」(昭和54年10月16日制定)

町の木「シラカバ」(昭和54年10月16日制定)

町の鳥「ウグイス」(昭和54年10月16日制定)

町の沿革

町内各地から縄文、弥生式土器が出土することから、数千年前から人の営みがあったものと推測されます。

平安時代の頃から長江の庄といわれ、荘園制度のもとにあったと考えられ、鎌倉時代には長沼家の所領となり戦国時代まで約500年間その支配下にありました。戦国時代末期から江戸時代初期にかけては、会津の領主は蒲生氏、上杉氏、蒲生氏、加藤氏と交替し、本町一帯もこれらの領主に支配されました。

寛永20年(1643年)に、保科氏が会津に入ると、当町を含む地域は南山御蔵入と呼ばれ、幕府の直轄領へと編入されました。江戸時代初期には下野街道(会津西街道)、元禄年間に松川街道が開かれ、街道沿いには大内宿などの宿場が新たに整備されています。

戊辰戦争直後には田島民政局に、明治2年には若松県に、同9年には福島県に属し、明治17年には会津三方道路(現在の国道121号の前身)が整備され、馬車の往来も激しく、本町にも文明開化の波が押し寄せました。 

明治22年の町村制の施行により、楢原村、長江村、二川村、旭田村が成立。長江村と二川村は昭和3年に合併し江川村となり、楢原村は昭和21年に町制が施行され楢原町となりました。

昭和30年に楢原町、旭田村、江川村が合併し、現在に続く下郷町が誕生。町名は、古くから旧田島町(現南会津町田島地区)を中心とした地域を上郷と呼んだのに対して、当地域は下郷と呼ばれていたことによります。

まちづくりの基本

平成27年に第5次下郷町振興計画を策定し「美しく輝く 笑顔あふれる交流のまち 下郷」をまちづくりの基本目標に掲げています。

施策の大綱
  1. 住みやすく美しいまち(基盤条件整備)
  2. 心ふれあう賑わいと活力を創出するまち(交流促進)
  3. ふるさと産業の創造(産業経済)
  4. 安全で住みよいまち(生活環境)
  5. 健やかに暮らせるまち(健康福祉)
  6. 思いやりのある教育と文化のまち(教育文化)
  7. 住民と行政による協働のまち(行財政)

まちづくりを進めていくうえで「地域の特色を生かした活力ある交流のまちづくり」「安全・安心・健康に暮らせるまちづくり」「思いやりある教育と文化のまちづくり」の3つを基本的な考え方として定めています。また、安心して子育てができる環境や高齢者がいきいきと生活できる環境を整えることで、住民一人ひとりが幸せな暮らしを実感できるまちづくりを目指しています。さらには、住民と行政の協働により、下郷町がいつまでも美しく輝く元気で魅力あるまちとして成長していくよう目指します。

交通アクセス

  • 東京→(東北自動車道)→白河IC→西郷村→(国道289号)→下郷町(約3時間)
  • 仙台→(東北自動車道)→須賀川IC→羽鳥湖→(国道118号)→下郷町(約3時間)

鉄道

  • 浅草駅-(東武線)-新藤原駅-(野岩線)-会津高原尾瀬口-(会津線)-会津下郷駅(3時間半)※JR新宿駅発もあり
  • JR東京駅-(東北新幹線)-JR郡山駅-(JR磐越西線)-JR会津若松駅-(会津鉄道)会津下郷駅(3時間半)
  • JR仙台駅-(東北新幹線)-JR郡山駅-(JR磐越西線)-JR会津若松駅-(会津鉄道)会津下郷駅(3時間)

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